Corollaryは必然に。

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空集合 ~ここにサブタイトルを入力~

先週、数学カフェ数学基礎論回の“予習会”に参加し、ZFCの公理を学びました。この調子で6月頭に予定されている藤田博司先生の講演連続体仮説の独立性証明」*1を理解したいです。というのも、ちょうど一年前に連続体仮説に関連するブログ
corollary2525.hatenablog.com
を書いたのですが、肝心の「連続体仮説の独立性証明」を2018年4月時点で知りません。数学ブログを書くからにはちゃんと理解しておきたいという思いがあるため、この機会をきっかけに公理的集合論を0から勉強しようと思います。

空集合\varnothingは高校数学の「集合と論証」「場合の数と確率」の章で登場しますが、

などのような自明な性質しか学びません(「『要素のない集合』は集合なのか?」「なぜ『要素のない集合』が必要なのか?」についての議論は自明に楽しい)。また、専門的な数学をしていると「Xを空でないする」のように空集合が例外的に扱われることがよくあります。てな感じで何となくぞんざいに扱われている空集合の声なき声が聞こえた気がしたので、空集合に関する基本事項、および小ネタを紹介します。

必要な知識とNotation

集合を「条件のはっきりしたものの集まり」として扱います(素朴集合論)。
集合論の基本的な記号(x\in Aなど)を知っていればたぶん大丈夫です。

  • 命題pqに対して,\lnot pp\land qp\lor qp\Rightarrow qはそれぞれ命題「pでない」「pかつq」「pまたはq」「pならばq」を表します。
  • 集合ABに対して,A=B\overset{def.}{\iff}A\subset B\land B\subset A.
  • \forall x[\ldots]とは「任意のxに対して\ldotsである」ことを表します。
  • \exists x[\ldots]とは「あるxに対して\ldotsである」ことを表します。
  • \forall x[x\in A\Rightarrow[\ldots]] を \forall x\in A\:[\ldots]と略記します。
  • \exists x[x\in A\land[\ldots]] を \exists x\in A\:[\ldots]と略記します。

準備: p\Rightarrow qについて

空集合の話をする前に命題「p\Rightarrow q」について復習します。

pqを命題として新しい命題p\Rightarrow qpならばq)を作ります。pqの真偽によってp\Rightarrow qの真偽を次のように定義します。


p q p\Rightarrow q

特に後半の、pが偽のときには(qがなんであれ)p\Rightarrow qと決めている所に疑問に思う人もいるかもしれません。しかし、これは決して不自然な定義ではありません。これは日常言語でも「もし私が20代だったらアタックしてたわ♡(40代女性)」のように、前提が偽であるような主張は使われるし、本人も「真」のつもりで言っています。これは空集合に関する議論をする上でとても重要です。

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空集合の基本的な性質

定義(空集合
何も要素を持たない集合,つまり
\begin{equation*}
\forall x\:[x\notin A]
\end{equation*}をみたす集合A空集合という.

空集合はただ一つ存在するので\emptyset, \varnothing, \{\}などの特別な記号で表しますが、空集合がただ一つ存在することを証明するまでは「A空集合とする」と表記するべきだと思うので、しばらくの間はこれで我慢します。

命題
空集合A
\begin{equation*}
\forall X\:[A\subset X]
\end{equation*}をみたす.
どんな集合の中にも空集合がいることを述べています。また、「みたす」と言った以上、ちゃんと証明ができるので丁寧にチェックしていきましょう。

そもそも包含関係「\subset」の定義は次のようになっています:

定義(包含関係)
2つの集合A,\;Bに対して\begin{equation*}A\subset B\overset{def.}{\iff}\forall x\:[x\in A\Rightarrow x\in B].\end{equation*}

では、A空集合としたとき,A\subset Xを定義にしたがって書き直してみましょう。すると、
\begin{equation*}
\forall x\:[x\in \color{red}{A}\Rightarrow x\in X]
\end{equation*}となります。ここで、「x\in A」の部分にご注目ください。空集合の定義により、常に偽だと分かります。つまり、
\begin{equation*}
\forall x\:[\,\underset{\text{偽}}{\underline{x\in A}}\Rightarrow x\in X]
\end{equation*}だと分かりました。さて、「p
\Rightarrow q」の定義を思い出すと、pが偽であればp
\Rightarrow qは真でした。つまり、A\subset Xが真であることを証明できたわけです!

そして、この空集合の性質から空集合の一意性を証明できます。

命題
空集合は一意的である(A_1A_2空集合ならばA_1=A_2である).
証明 A_1A_2空集合とする.A_1空集合であるからA_1\subset A_2が成り立ち,またA_2空集合であるからA_2\subset A_1が成り立つ.よってA_1=A_2が得られた.■



最後に,空集合が存在することを証明(?)します。

\Omegaを集合としたときに
\begin{equation*}
A:=\{x\in\Omega\mid x\neq x\}
\end{equation*}と定義すれば
\begin{equation*}
\forall x\:[x\notin A]
\end{equation*}を満たすのでA空集合…なのですが、そもそも何か集合 \Omegaが存在しないと困ります。この辺りの細かい議論は公理的集合論が必要なのですが、このセクションは「空集合基本的な性質」のため近日補足します(現在私が勉強中であるためもう少し吟味したいという理由もあります)。


以上より(?)空集合がただ一つ存在することが分かったので,\emptyset, \varnothing, \{\}などの記号で表すことに意味をもちます。個人的に\varnothingがかわいいので以後これを使うことにします。



部分集合族の共通部分・和

\Omegaを集合とし、\mathcal{U}\subset \mathcal{P}(\Omega)\mathcal{U}\Omegaの部分集合をいくつか集めたもの)とします。このとき、 \Omegaの部分集合族 \mathcal{U}共通部分
\begin{equation*}
\bigcap\mathcal{U} \overset{def.}{=}\{x\in\Omega\mid\forall U\in\mathcal{U}\:[x\in U]\}
\end{equation*}と定義します。同様に、\mathcal{U}がもつ部分集合たちの
\begin{equation*}
\bigcup\mathcal{U} \overset{def.}{=}\{x\in\Omega\mid\exists U\in\mathcal{U}\:[x\in U]\}
\end{equation*}を定義します。

\Omega自然数全体の集合とすれば、\mathcal{U}=\{\{1,2,3\}, \{2,3,4\}, \{3,4,5,6\}\}などがあります。このとき\bigcap\mathcal{U}x\in\{1,2,3\}\cap\{2,3,4\}\cap\{3,4,5,6\}をみたすxの集合になるので\bigcap\mathcal{U}=\{3\}となります。
同様に、\bigcup\mathcal{U}x\in\{1,2,3\}\cup\{2,3,4\}\cup\{3,4,5,6\}をみたすxの集合になるので\bigcup\mathcal{U}=\{1,2,3,4,5,6\}となります。
ここで、\mathcal{U}=\varnothingの場合を考えてみましょう。すると\begin{equation*}\bigcap\color{red}{\varnothing} =\{x\in\Omega\mid\forall \underset{\text{偽}}{\underline{U\in\color{red}{\varnothing}}}\:[x\in U]\}\end{equation*}となります。つまり、\forall U\in\varnothing\:\begin{equation*}x\in U\end{equation*}は常に真であるから、任意のx\in\Omega\forall U\in\varnothing\:\begin{equation*}x\in U\end{equation*}をみたします。よって、
\begin{equation*}\bigcap\varnothing=\Omega\end{equation*}
だと分かりました!

では,\bigcup\varnothingの場合はどうなるでしょう?同じように\begin{equation*}\bigcup\color{red}{\varnothing} =\{x\in\Omega\mid\exists \underset{\text{偽}}{\underline{U\in\color{red}{\varnothing}}}\:[x\in U]\}\end{equation*}となりますが、\exists U\begin{equation*}U\in\varnothing\land x\in U\end{equation*}は常に偽であるから任意のx\in\Omegaはみたしません。よって、

\begin{equation*}\bigcup\varnothing=\varnothing\end{equation*}
となりますね。

何か面白くないですか?

ふつうは\bigcap\mathcal{U}\subset\bigcup\mathcal{U}が成り立ちますが、\mathcal{U}=\varnothingのときだけ包含関係が逆転するんです!

変な感じがする気持ちも分からなくもないですが、感覚的には \bigcap\varnothingは共通部分をとる前の“真っ白な状態”の集合を表しています。そもそも \bigcap\mathcal{U}\mathcal{U}がもつ全ての部分集合たちの共通部分をとって得られるので、もし \mathcal{U}=\varnothingだと…

「よっしゃ今から\mathcal{U}の共通部分とるぞー」
「あれ、\mathcal{U}=\varnothingなのか」
「じゃあ\Omegaのままでいっか」

という感じになると思います。同様に、 \bigcup\varnothingは和集合をとる前の“真っ白な状態”の集合を表していて、\bigcup\varnothing=\varnothingであることを感覚的に理解できます。また、\mathcal{U}\subset\mathcal{V}\;(\subset\mathcal{P}(\Omega))であれば

  • \bigcap\mathcal{U}\supset\bigcap\mathcal{V}(部分集合が多ければ共通部分は小さくなる)
  • \bigcup\mathcal{U}\subset\bigcup\mathcal{V}(部分集合が多ければ和集合は大きくなる)

が成り立ちますが、これは \mathcal{U}=\varnothing のときでもちゃんと成り立つことが分かりますね。



空集合の上限・下限

面白い性質2つめ。先ほど同じような議論をすることで次の結論を得ます:

命題
\varnothing\subset\mathbb{R}としてみたとき,次が成り立つ:
\begin{equation*}\sup\varnothing=-\infty,\qquad\inf\varnothing=\infty.\end{equation*}
上限・下限の定義はこちらのサイトをご覧ください:
mathtrain.jp
注意1 A\subset\mathbb{R}は上に有界(resp. 下に有界)であれば\sup A(resp. \inf A)が存在しますが、そうでない場合は\sup A=\infty(resp. \inf A=-\infty)と表記します。また、\max A(resp. \min A)は存在するとは限りませんが、Aが上に有界(resp. 下に有界)でない場合では\max A=\infty(resp. \min A=-\infty)と表記することにします。

注意2 空集合は上にも下にも有界です。なぜなら\forall x\in\color{red}{\varnothing}\:\begin{equation*}\:|x|\le 1\end{equation*}が真だからです。

これも通常、\inf A \le \sup Aが成り立ちますが、A=\varnothingのときだけ順序が逆転していますね。面白い!とも言えますし、例外的なためA\neq\varnothingを仮定されるのも当然!とも言えます。

証明
A\subset\mathbb{R}に対して
\begin{align*}
\sup A&=\min\{x\in\mathbb{R}\mid \forall a\in A\:[a\le x]\},\\
\inf A&=\max\{x\in\mathbb{R}\mid \forall a\in A\:[x\le a]\}
\end{align*}であるが,特にA=\varnothingとすると

\begin{align*}
\sup \color{red}{\varnothing}&=\min\{x\in\mathbb{R}\mid \forall a\in \color{red}{\varnothing}\:[a\le x]\}=\min\mathbb{R}=-\infty,\\
\inf \color{red}{\varnothing}&=\max\{x\in\mathbb{R}\mid \forall a\in \color{red}{\varnothing}\:[x\le a]\}=\max\mathbb{R}=\infty
\end{align*}

が得られる.■



小ネタ

空集合に関する小ネタを適当に投下します。今までの議論と各々の定義さえ知っていれば自明です。


\varnothingからYへの写像が唯一存在する(この写像 i_{Y}:\varnothing\to Y写像と呼ぶ).
なぜなら写像の定義\forall x\in\varnothing\exists! y\in Y\begin{equation*}y=i_{Y}(x)\end{equation*}をみたし、任意の空写像f,g:\varnothing\to Yに対して\forall x\in\varnothing\begin{equation*}f(x)=g(x)\end{equation*}は真だからです。

空集合半群であるが群にはならない.
二項演算\varnothing\times\varnothing\ni(a,b)\mapsto a\cdot b\in\varnothingは唯一存在し、交換法則
\begin{equation*}\forall x, y, z\in\varnothing[(x\cdot y)\cdot z=x\cdot(y\cdot z)]
\end{equation*}は辛うじて成り立ちます。しかし、どうあがいても単位元の存在
\begin{equation*}
\exists e\in\varnothing\forall x\in\varnothing[x\cdot e=e\cdot x=x]
\end{equation*}を示すことができません。同じ理由で、空集合は環・体・ベクトル空間・バナッハ空間・ヒルベルト空間になり得ません(※距離空間にはなれる)。

空集合は唯一の位相をもち,連結なコンパクトハウスドルフ空間である.
任意の集合Xに対して密着位相\{\varnothing, X\}と離散位相\mathcal{P}(X)を入れることができます。空集合の場合、密着位相と離散位相が一致するため、唯一の位相\{\varnothing\}を入れることができます。
また、位相空間(X,\mathcal{O})非連結であることの定義は

\begin{equation*}
\exists A, B\in\mathcal{O}\:[\underline{A\neq\varnothing\:\land\:B\neq\varnothing}\:\land\:A\cup B=X\:\land\:A\cap B=\varnothing]
\end{equation*}

ですが、位相空間(\varnothing,\{\varnothing\})は下線部をみたすように開集合をとれないため非連結ではなく、つまり連結です。さらに、コンパクトであることは開集合系が有限個であるから明らかで、ハウスドルフ空間であることも\forall x,y\in\varnothing[\ldots]を見た瞬間に分かります(もはや定義すら書かない体たらく)。

任意のn\in\mathbb{N}に対して,空集合n次元可微分多様体である.
座標近傍系として\phi:\varnothing\to\varnothing\subset\mathbb{R}^nがとれて、\phi\circ\phi^{-1}:\mathbb{R}^n\supset\varnothing\to\varnothing\subset\mathbb{R}^nは任意のx\in\varnothing微分可能です(\phi\varnothingで紛らわしくしたのは故意)。



…他にも同値関係とか順序関係とかたくさんあるんですけど、飽きました。要するに何を申し上げたいのかといいますと、何か新しい定義・定理があったとき、自明な例・反例を与えうる空集合について考察することは楽しいよねということです。すぐに判定できるのでよかったらお試しください。



公理的集合論空集合(近日補足します)

最後に一言

数学が難しくて投げ出したくなるときがあるでしょう。でも大丈夫、いつでもあなたの心の中には空集合がいます。

thank Q for rEaDing.φ(・▽・ )

*1:日程の詳細は数学カフェさんのTwitterをご覧ください。https://twitter.com/mathcafe_japan?lang=jatwitter.com