Corollaryは必然に。

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【束群】"ベン図っぽい等式"をもつ数学的構造とは?

この記事は日曜数学 Advent Calendar 2020の14日目の記事です。13日目はsatoさんの【真理の森の数学セミナー】SS:原始ピタゴラス数のお話でした。フェルマーの最終定理と原始ピタゴラス数について対話形式で書かれていて楽しく読める記事でした。

突然ですが、自然数mnに対して
\begin{equation}
mn = \gcd(m,n)\operatorname{lcm}(m,n)\label{1}
\end{equation}が成り立ちます。

一方、実数xyに対して
\begin{equation}
x+y=\min\{x, y\} + \max\{x, y\}\label{2}
\end{equation}が成り立ちます。

また、集合Xの部分集合ABに対して
\begin{equation}
\#(A+B) = \#( (A\cap B) + (A\cup B) ) \label{3}
\end{equation}が成り立ちます。ただし、\# Aは集合Aの濃度(集合の元の個数に相当する概念)を表します。また、集合Aと集合B直和A+B
\begin{equation*}
A+B:=(A\times\{0\})\cup(B\times\{1\})
\end{equation*}で定義します。明らかに(A\times\{0\})\cap (B\times\{1\})=\varnothing\#A=\#(A\times\{0\})なので\#(A+B)=\#A+\#Bとなります(というかこれが濃度の和の定義)



今紹介した3つの等式…
なんか似てますよね?



なんでこんな等式に注目したのかと言いますと、以前から\eqref{1}が"ベン図"っぽい"なあと思ってたのがきっかけでした。

f:id:corollary2525:20201214041550p:plain

ね?ベン図っぽいでしょ?

ということで、これらの等式が成り立つための「数学的構造」が何なのか気になったので、調べてみました。誤りや不備があったらご指摘いただけると幸いです。

共通する概念を見出す

まず、先ほどの等式に共通する概念が何なのかを見出します。

まず、先ほどの等式には「積」や「和」といった「二項演算」があることに気づきます。実数全体の集合\mathbb{R}は通常の和に関してになります。しかし、\eqref{1}の舞台は自然数全体\mathbb{N}であり、\mathbb{N}は通常の積について半群にはなりますが、群にはなりません(逆元が存在しない)。\eqref{3}は集合の濃度については、無限集合のことを考えると気軽に引き算ができなさそうなので、和のみ考えます。

次に\eqref{1}における\gcd\operatorname{lcm},\eqref{2}における\min\max,\eqref{3}における「\cap」と「\cup」が何なのかについてです。これらも二項演算とみなしても全く問題ないのですが、これらの概念は順序集合における最大下界最小上界として特徴づけることができます。

gcdとlcmの性質
mnの約数であることをm \mid nで表す.このとき

  • \gcd(m, n) \mid m\gcd(m, n) \mid n
  • k \mid mk \mid nをみたす任意のk\in\mathbb{N}に対して,k \mid \gcd(m,n)
  • m \mid \operatorname{lcm}(m, n)n \mid \operatorname{lcm}(m, n)
  • m \mid kn \mid kをみたす任意のk\in\mathbb{N}に対して,\operatorname{lcm}(m, n) \mid k

minとmaxの性質

  • \min\{a, b\}\le a\min\{a, b\}\le b
  • c\le ac\le bをみたす任意のc\in\mathbb{R}に対して,c\le\min\{a,b\}
  • a\le\max\{a, b\}b\le\max\{a, b\}
  • a\le cb\le cをみたす任意のc\in\mathbb{R}に対して,\max\{a,b\}\le c

\cap\cupの性質
A, B\subset Xとする.このとき以下が成り立つ:

  • A\cap B\subset AA\cap B\subset B
  • C\subset AC\subset Bをみたす任意のC\subset Xに対して,C\subset A\cap B
  • A\subset A\cup BB\subset A\cup B
  • A\subset CB\subset Cをみたす任意のC\subset Xに対して,A\cup B\subset C

同様に濃度に関する不等式が成り立つ(\cupの方は省略):

  • \#(A\cap B)\le \# A\#(A\cap B)\le \# B
  • \#C\le \#A\#C\le \#Bをみたす任意のC\subset Xに対して,\#C\le \#(A\cap B)

このような性質をもつ順序集合は束(lattice)と呼ばれます。

定義(束)
順序集合(L,\le)(lattice)であるとは,任意のa, b\in Lに対し,\{a, b\}の最大下界a\wedge b\{a, b\}の最小上界a\vee bが存在することをいう.

先ほど紹介したとおり、(\mathbb{R}, \le)(\mathbb{N}, \mid)(\mathcal{P}(X),\subset)は束になります。また、こんな表記をするのは初めてですが、
\begin{equation}
\mathfrak{X}:=\{\#A \mid A\in\mathcal{P}(X)\}\label{x}
\end{equation}という"濃度の集合"を考えたとき,(\mathfrak{X},\le)も束になると言ってもよいと思います。ただ、"濃度の集合" が見慣れないのでなんだかアヤシイ感じもします。何かしらの全体集合Xを1つ固定しておけば\mathfrak{X}はちゃんと集合になると思いますが*1、不安だったらXを有限集合で固定すればいいでしょう。Xが無限集合でも\mathfrak{X}は意味をもつと信じて話を進めます(やばかったらご指摘いただければ幸いです)。



ともかく、どうやら私が求めているのは「(半)群と順序の構造をもった何か」のようです。それを元に調べてみたところ、どうやら

  • 束群(lattice-ordered group; l-group)
  • 半群(lattice-ordered semigroup; l-semigroup)

というものが該当するみたいでした。


束群(束半群)とその例

束群の定義を紹介します。

定義(束群)
(G, +, \le)束群(lattice-ordered group)であるとは次の性質を満たすものをいう:
(L1) (G, +)は群である.
(L2) (G,\le)は束である.
(L3) 任意のa,b,c\in Gに対してa\le bならばc+a\le c+ba+c\le b+c

(L3)は「平行移動不変性」とも言われます。この性質のおかげで不等式でもいわゆる「移項」という操作ができるようになります(後でめっちゃ使う)。また、(G, +, \le)が束群のとき、(L3)は次の(L3)'と同値です:

(L3)':
 c+(a\wedge b) = (c+a)\wedge (c+b)(a\wedge b)+c = (a+c)\wedge (b+c)
 c+(a\vee b) = (c+a)\vee (c+b)(a\vee b)+c = (a+c)\vee (b+c)

(L3)\Rightarrow(L3)'の証明:
a\wedge b\le aa\wedge b\le bなのでc + (a\wedge b)\le c + ac + (a\wedge b)\le c + b.これはc+(a\wedge b)\{c+a, c+b\}の下界であることを示している.

次にx\le c + ax\le c + bとなる任意のx\in Gをとる.-c + x\le a-c + x\le bなので-c + x\le a\wedge b.よってx\le c + (a\wedge b)

よってc+(a\wedge b) = (c+a)\wedge (c+b)が示された.残りの等式も同様に示せる.


(L3)'\Rightarrow(L3)の証明:
a\le bのときb=a\vee bなので
\begin{align*}
c + a &\le (c+a)\vee(c+b)\\
&= c + (a\vee b)\\
&= c + b
\end{align*}が分かる.a+c\le b+cの方も全く同様に示せる.■


次は束半群の定義です。先ほどの証明を見てもらえば分かりますが、(L3)\Rightarrow(L3)'の証明では逆元を利用しています。束半群では逆元が存在するとは限らないので(L3)ではなく(L3)'を仮定するようです*2

定義(束半群
(G, +, \le)半群(lattice-ordered semigroup)であるとは次の性質を満たすものをいう:

  • (G, +)半群である.
  • (G,\le)は束であり,(L3)'をみたす.

束群や束半群の例

(\mathbb{R}, +, \le)は任意のa,b,c\in \mathbb{R}に対してa\le bならば
\begin{equation*}
c+a\le c+b, \quad a+c\le b+c
\end{equation*}が成り立つので束群です*3


また,(\mathbb{N}, \cdot, \mid)(\mathbb{N}, \cdot)半群をなし,
\begin{align*}
k\gcd(m, n) &= \gcd(km, kn),\\
k\operatorname{lcm}(m, n) &= \operatorname{lcm}(km, kn)
\end{align*}が成り立つので束半群です(積を交換した等式も同様)。さらにm\mid nならばkm\mid knmk\mid nkとなることも簡単に示せるので(L3)も成り立ちます。


同様に全体集合Xを固定して\eqref{x}を考えたとき、
\begin{align*}
C + (A\cap B) &= (C+A)\cap (C+B),\\
C + (A\cup B) &= (C+A)\cup (C+B)
\end{align*}が割と簡単に証明できるので
\begin{align*}
\#C + \#(A\cap B) &= \#( (C+A)\cap (C+B) ),\\
\#C + \#(A\cup B) &= \#( (C+A)\cup (C+B) )
\end{align*}が成り立つことが分かります。また、\#A\le\#Bならば
\begin{align*}
\#C + \#A &\le \#C + \# B,\\
\#A + \#C &\le \#B + \# C
\end{align*}も成り立ちます(証明は容易で、松坂和夫『集合・位相入門』p79にも「明らかであろう」と書いてあります)。よって(\mathfrak{X}, +, \le)は束半群になります(単位元\#\varnothing)。

束群の場合

束群のとき(\eqref{2}のとき)、次のドモルガンの法則みたいな命題が成り立ちます。

命題1
(G, +, \le)を束群とし,a, b\in Gとする.このとき

  • -(a\wedge b) = (-a) \vee (-b)
  • -(a\vee b) = (-a) \wedge (-b)

が成り立つ.

証明
-(a\wedge b) = (-a) \vee (-b)を示す.
a\wedge b\le aa\wedge b\le bなので-a \le -(a\wedge b)-b \le -(a\wedge b).これは-(a\wedge b)\{-a, -b\}の上界であることを示している.

次に-(a\wedge b)の最小性を示すために-a \le x-b \le xをみたす任意のx\in Gをとる.このとき-x \le a-x \le bであるからa\wedge bの最大性により-x\le a\wedge b.つまり-(a\wedge b)\le x

よって-(a\wedge b) = (-a) \vee (-b)が分かる.-(a\vee b) = (-a) \wedge (-b)も同様に示せる.■



命題1を用いると、私が求めている等式を得ることができます!



命題2
(G, +, \le)を束群とし,a, b\in Gとする.このとき
a\wedge b = a - (a\vee b) + b
a\vee b = a-(a\wedge b) + b
が成り立つ.特に(G,+)可換であれば
a+b = (a\wedge b)+(a\vee b)
が成り立つ.

証明

\begin{align*}a - (a\vee b) + b &= a + ( (-a)\wedge (-b) ) + b \\ &= b\wedge a\\ &= a\wedge b\end{align*}
であるからOK.■


なるほど、a+b = (a\wedge b)+(a\vee b)の成立は可換性がけっこう重要だったんですね~!


半群の場合

半群の場合についてですが、どうやらここまでしか示せないみたいです。

命題3
(G, +, \le)を束半群とし,a, b\in Gとする.このとき
(a\wedge b)+(a\vee b) \le (b+a)\vee(a+b)
が成り立つ.特に(G,+)可換であれば
a+b \ge (a\wedge b)+(a\vee b)
が成り立つ.
証明

\begin{align*}(a\wedge b)+(a\vee b)  &=( (a\wedge b)+a)\vee( (a\wedge b)+b) \\ &\le (b+a)\vee(a+b)\end{align*}

であり,特に(G,+)可換であれば
\begin{align*}(b+a)\vee(a+b)&=(a+b)\vee(a+b)\\ &=a+b\end{align*}
であるからa+b \ge (a\wedge b)+(a\vee b)が成り立つ.■



(\mathbb{N}, \cdot, \mid)(\mathfrak{X}, +, \le)は束半群ですが、イコールで成り立ちます。この2つにはイコールで成り立つための "いい性質" が隠れているみたいですね。う~~ん、一体何なんでしょう?(・へ・)


まとめ

個人的に気になる等式から始まり、束群の入門みたいな話を書きました。束半群については、時間がなくて疑問を投げかける形で終わってしましましたが、進捗があれば続きを書こうと思います。この分野について詳しい方がいれば教えていただけると幸いです。

追記(2020年12月16日)
\begin{align*}(a\wedge b)+(a\vee b)  &=  (a+(a\vee b) )\wedge (b+(a\vee b) )\\ &\ge (a+b)\wedge(b+a)\end{align*}
なので
(a\wedge b)+(a\vee b) \ge (a+b)\wedge(b+a)
が成り立ち,(G,+)可換であれば
a+b \le (a\wedge b)+(a\vee b)
が成り立ちますね.ということで(G,+)が可換であれば,命題3と合わせて
a+b = (a\wedge b)+(a\vee b)
が成り立つことが分かりました.やったー!

次回の日曜数学 Advent Calendar 2020は「み ぽ」さんです。ある有限群をプログラミングで求める話のようです。楽しみ!


参考文献

※リンクはPDFです。
G. Birkhoff, Lattice Theory Revised Edition, Amer Mathematical Society, 1948
L. Fuchs, Partially Ordered Algebraic Systems, Dover Publications
松坂和夫,集合・位相入門,岩波書店


thank Q for rEaDing.φ(・▽・ )

*1:全射\mathcal{P}(X)\in A\mapsto \#A\ni\mathfrak{X}があるので\#\mathfrak{X}\le\#\mathcal{P}(X)にはなる。

*2:束群の定義で最初から(L3)'をみたすものとして定義すればよかったなあ。

*3:証明しようと思うと実数の定義に戻らないといけないので実は面倒くさかったりする。