突然ですが、自然数,に対して
\begin{equation}
mn = \gcd(m,n)\operatorname{lcm}(m,n)\label{1}
\end{equation}が成り立ちます。
一方、実数,に対して
\begin{equation}
x+y=\min\{x, y\} + \max\{x, y\}\label{2}
\end{equation}が成り立ちます。
また、集合の部分集合,に対して
\begin{equation}
\#(A+B) = \#( (A\cap B) + (A\cup B) ) \label{3}
\end{equation}が成り立ちます。ただし、は集合の濃度(集合の元の個数に相当する概念)を表します。また、集合と集合の直和を
\begin{equation*}
A+B:=(A\times\{0\})\cup(B\times\{1\})
\end{equation*}で定義します。明らかに,なのでとなります(というかこれが濃度の和の定義)。
今紹介した3つの等式…
なんか似てますよね?
なんでこんな等式に注目したのかと言いますと、以前から\eqref{1}が"ベン図"っぽい"なあと思ってたのがきっかけでした。
ね?ベン図っぽいでしょ?
ということで、これらの等式が成り立つための「数学的構造」が何なのか気になったので、調べてみました。誤りや不備があったらご指摘いただけると幸いです。
共通する概念を見出す
まず、先ほどの等式に共通する概念が何なのかを見出します。
まず、先ほどの等式には「積」や「和」といった「二項演算」があることに気づきます。実数全体の集合は通常の和に関して群になります。しかし、\eqref{1}の舞台は自然数全体であり、は通常の積について半群にはなりますが、群にはなりません(逆元が存在しない)。\eqref{3}は集合の濃度については、無限集合のことを考えると気軽に引き算ができなさそうなので、和のみ考えます。
次に\eqref{1}におけると,\eqref{2}におけると,\eqref{3}における「」と「」が何なのかについてです。これらも二項演算とみなしても全く問題ないのですが、これらの概念は順序集合における最大下界、最小上界として特徴づけることができます。
- ,.
- ,をみたす任意のに対して,.
- ,.
- ,をみたす任意のに対して,.
- ,.
- ,をみたす任意のに対して,.
- ,.
- ,をみたす任意のに対して,.
- ,.
- ,をみたす任意のに対して,.
- ,.
- ,をみたす任意のに対して,.
同様に濃度に関する不等式が成り立つ(の方は省略):
- ,.
- ,をみたす任意のに対して,.
このような性質をもつ順序集合は束(lattice)と呼ばれます。
先ほど紹介したとおり、,,は束になります。また、こんな表記をするのは初めてですが、
\begin{equation}
\mathfrak{X}:=\{\#A \mid A\in\mathcal{P}(X)\}\label{x}
\end{equation}という"濃度の集合"を考えたとき,も束になると言ってもよいと思います。ただ、"濃度の集合" が見慣れないのでなんだかアヤシイ感じもします。何かしらの全体集合を1つ固定しておけばはちゃんと集合になると思いますが*1、不安だったらを有限集合で固定すればいいでしょう。が無限集合でもは意味をもつと信じて話を進めます(やばかったらご指摘いただければ幸いです)。
ともかく、どうやら私が求めているのは「(半)群と順序の構造をもった何か」のようです。それを元に調べてみたところ、どうやら
- 束群(lattice-ordered group; l-group)
- 束半群(lattice-ordered semigroup; l-semigroup)
というものが該当するみたいでした。
束群(束半群)とその例
束群の定義を紹介します。
(L1) は群である.
(L2) は束である.
(L3) 任意のに対してならば,.
(L3)は「平行移動不変性」とも言われます。この性質のおかげで不等式でもいわゆる「移項」という操作ができるようになります(後でめっちゃ使う)。また、が束群のとき、(L3)は次の(L3)'と同値です:
,,
,.
(L3)(L3)'の証明:
,なので,.これはがの下界であることを示している.
次に,となる任意のをとる.,なので.よって.
よってが示された.残りの等式も同様に示せる.
(L3)'(L3)の証明:
のときなので
\begin{align*}
c + a &\le (c+a)\vee(c+b)\\
&= c + (a\vee b)\\
&= c + b
\end{align*}が分かる.の方も全く同様に示せる.■
次は束半群の定義です。先ほどの証明を見てもらえば分かりますが、(L3)(L3)'の証明では逆元を利用しています。束半群では逆元が存在するとは限らないので(L3)ではなく(L3)'を仮定するようです*2。
束群や束半群の例
は任意のに対してならば
\begin{equation*}
c+a\le c+b, \quad a+c\le b+c
\end{equation*}が成り立つので束群です*3。
また,はで半群をなし,
\begin{align*}
k\gcd(m, n) &= \gcd(km, kn),\\
k\operatorname{lcm}(m, n) &= \operatorname{lcm}(km, kn)
\end{align*}が成り立つので束半群です(積を交換した等式も同様)。さらにならば,となることも簡単に示せるので(L3)も成り立ちます。
同様に全体集合を固定して\eqref{x}を考えたとき、
\begin{align*}
C + (A\cap B) &= (C+A)\cap (C+B),\\
C + (A\cup B) &= (C+A)\cup (C+B)
\end{align*}が割と簡単に証明できるので
\begin{align*}
\#C + \#(A\cap B) &= \#( (C+A)\cap (C+B) ),\\
\#C + \#(A\cup B) &= \#( (C+A)\cup (C+B) )
\end{align*}が成り立つことが分かります。また、ならば
\begin{align*}
\#C + \#A &\le \#C + \# B,\\
\#A + \#C &\le \#B + \# C
\end{align*}も成り立ちます(証明は容易で、松坂和夫『集合・位相入門』p79にも「明らかであろう」と書いてあります)。よっては束半群になります(単位元は)。
束群の場合
束群のとき(\eqref{2}のとき)、次のドモルガンの法則みたいな命題が成り立ちます。
が成り立つ.
を示す.
,なので,.これはがの上界であることを示している.
次にの最小性を示すために,をみたす任意のをとる.このとき,であるからの最大性により.つまり.
よってが分かる.も同様に示せる.■
命題1を用いると、私が求めている等式を得ることができます!
証明
なるほど、の成立は可換性がけっこう重要だったんですね~!
束半群の場合
束半群の場合についてですが、どうやらここまでしか示せないみたいです。
であり,特にが可換であればであるからが成り立つ.■
やは束半群ですが、イコールで成り立ちます。この2つにはイコールで成り立つための "いい性質" が隠れているみたいですね。う~~ん、一体何なんでしょう?(・へ・)
まとめ
個人的に気になる等式から始まり、束群の入門みたいな話を書きました。束半群については、時間がなくて疑問を投げかける形で終わってしましましたが、進捗があれば続きを書こうと思います。この分野について詳しい方がいれば教えていただけると幸いです。
なのでが成り立ち,が可換であればが成り立ちますね.ということでが可換であれば,命題3と合わせてが成り立つことが分かりました.やったー!
参考文献
※リンクはPDFです。
G. Birkhoff, Lattice Theory Revised Edition, Amer Mathematical Society, 1948
L. Fuchs, Partially Ordered Algebraic Systems, Dover Publications
松坂和夫,集合・位相入門,岩波書店
thank Q for rEaDing.φ(・▽・ )