corollary2525.hatenablog.com
を書いたのですが、肝心の「連続体仮説の独立性証明」を2018年4月時点で知りません。数学ブログを書くからにはちゃんと理解しておきたいという思いがあるため、この機会をきっかけに公理的集合論を0から勉強しようと思います。
空集合は高校数学の「集合と論証」「場合の数と確率」の章で登場しますが、
- (空集合の要素の個数は0)
などのような自明な性質しか学びません(「『要素のない集合』は集合なのか?」「なぜ『要素のない集合』が必要なのか?」についての議論は自明に楽しい)。また、専門的な数学をしていると「を空でないする」のように空集合が例外的に扱われることがよくあります。てな感じで何となくぞんざいに扱われている空集合の声なき声が聞こえた気がしたので、空集合に関する基本事項、および小ネタを紹介します。
必要な知識とNotation
集合を「条件のはっきりしたものの集まり」として扱います(素朴集合論)。
集合論の基本的な記号(など)を知っていればたぶん大丈夫です。
- 命題,に対して,,,,はそれぞれ命題「でない」「かつ」「または」「ならば」を表します。
- 集合,に対して,
- とは「任意のに対してである」ことを表します。
- とは「あるに対してである」ことを表します。
- を と略記します。
- を と略記します。
空集合の基本的な性質
空集合はただ一つ存在するのでなどの特別な記号で表しますが、空集合がただ一つ存在することを証明するまでは「を空集合とする」と表記するべきだと思うので、しばらくの間はこれで我慢します。
そもそも包含関係「」の定義は次のようになっています:
では、を空集合としたとき,を定義にしたがって書き直してみましょう。すると、
\begin{equation*}
\forall x\:[x\in \color{red}{A}\Rightarrow x\in X]
\end{equation*}となります。ここで、「」の部分にご注目ください。空集合の定義により、常に偽だと分かります。つまり、
\begin{equation*}
\forall x\:[\,\underset{\text{偽}}{\underline{x\in A}}\Rightarrow x\in X]
\end{equation*}だと分かりました。さて、「」の定義を思い出すと、が偽であればは真でした。つまり、が真であることを証明できたわけです!
最後に,空集合が存在することを証明(?)します。
を集合としたときに
\begin{equation*}
A:=\{x\in\Omega\mid x\neq x\}
\end{equation*}と定義すれば
\begin{equation*}
\forall x\:[x\notin A]
\end{equation*}を満たすのでは空集合…なのですが、そもそも何か集合 が存在しないと困ります。この辺りの細かい議論は公理的集合論が必要なのですが、このセクションは「空集合の基本的な性質」のため近日補足します(現在私が勉強中であるためもう少し吟味したいという理由もあります)。
以上より(?)空集合がただ一つ存在することが分かったので,などの記号で表すことに意味をもちます。個人的にがかわいいので以後これを使うことにします。
たのしいな たのしいな
— コロちゃんぬ (@corollary2525) 2013年9月20日
空集合は 学校も
しけんも なんにもない
部分集合族の共通部分・和
を集合とし、(はの部分集合をいくつか集めたもの)とします。このとき、 の部分集合族 の共通部分を
\begin{equation*}
\bigcap\mathcal{U} \overset{def.}{=}\{x\in\Omega\mid\forall U\in\mathcal{U}\:[x\in U]\}
\end{equation*}と定義します。同様に、がもつ部分集合たちの和を
\begin{equation*}
\bigcup\mathcal{U} \overset{def.}{=}\{x\in\Omega\mid\exists U\in\mathcal{U}\:[x\in U]\}
\end{equation*}を定義します。
同様に、はをみたすの集合になるのでとなります。
では,の場合はどうなるでしょう?同じように\begin{equation*}\bigcup\color{red}{\varnothing} =\{x\in\Omega\mid\exists \underset{\text{偽}}{\underline{U\in\color{red}{\varnothing}}}\:[x\in U]\}\end{equation*}となりますが、は常に偽であるから任意のはみたしません。よって、
何か面白くないですか?
ふつうはが成り立ちますが、のときだけ包含関係が逆転するんです!
変な感じがする気持ちも分からなくもないですが、感覚的には は共通部分をとる前の“真っ白な状態”の集合を表しています。そもそも はがもつ全ての部分集合たちの共通部分をとって得られるので、もし だと…
「よっしゃ今からの共通部分とるぞー」
「あれ、なのか」
「じゃあのままでいっか」
という感じになると思います。同様に、 は和集合をとる前の“真っ白な状態”の集合を表していて、であることを感覚的に理解できます。また、であれば
- (部分集合が多ければ共通部分は小さくなる)
- (部分集合が多ければ和集合は大きくなる)
が成り立ちますが、これは のときでもちゃんと成り立つことが分かりますね。
タカ「Xが空集合のとき」
— コロちゃんぬ (@corollary2525) 2013年4月28日
トシ『明らか!』バシッ
タカ「n=1 のとき」
トシ『明らか!』バシッ
タカ「定義を考えれば」
トシ『明らか!』バシッ
タカ「YMCA」
トシ『(布施)明か!』バシッ
タカ「秀樹だ!」バシッ
空集合の上限・下限
面白い性質2つめ。先ほど同じような議論をすることで次の結論を得ます:
\begin{equation*}\sup\varnothing=-\infty,\qquad\inf\varnothing=\infty.\end{equation*}
mathtrain.jp
注意1 は上に有界(resp. 下に有界)であれば(resp. )が存在しますが、そうでない場合は(resp. )と表記します。また、(resp. )は存在するとは限りませんが、が上に有界(resp. 下に有界)でない場合では(resp. )と表記することにします。
証明
に対して
\begin{align*}
\sup A&=\min\{x\in\mathbb{R}\mid \forall a\in A\:[a\le x]\},\\
\inf A&=\max\{x\in\mathbb{R}\mid \forall a\in A\:[x\le a]\}
\end{align*}であるが,特にとすると
\begin{align*}
\sup \color{red}{\varnothing}&=\min\{x\in\mathbb{R}\mid \forall a\in \color{red}{\varnothing}\:[a\le x]\}=\min\mathbb{R}=-\infty,\\
\inf \color{red}{\varnothing}&=\max\{x\in\mathbb{R}\mid \forall a\in \color{red}{\varnothing}\:[x\le a]\}=\max\mathbb{R}=\infty
\end{align*}
「空ゥーーッ!」
— コロちゃんぬ (@corollary2525) 2013年9月18日
「集ーーーッ!!」
「合ォーール!!!」
「………無無ッ!?」
小ネタ
空集合に関する小ネタを適当に投下します。今までの議論と各々の定義さえ知っていれば自明です。
からへの写像が唯一存在する(この写像 を空写像と呼ぶ).
なぜなら写像の定義をみたし、任意の空写像に対しては真だからです。
空集合は半群であるが群にはならない.
二項演算は唯一存在し、交換法則
\begin{equation*}\forall x, y, z\in\varnothing[(x\cdot y)\cdot z=x\cdot(y\cdot z)]
\end{equation*}は辛うじて成り立ちます。しかし、どうあがいても単位元の存在
\begin{equation*}
\exists e\in\varnothing\forall x\in\varnothing[x\cdot e=e\cdot x=x]
\end{equation*}を示すことができません。同じ理由で、空集合は環・体・ベクトル空間・バナッハ空間・ヒルベルト空間になり得ません(※距離空間にはなれる)。
空集合は唯一の位相をもち,連結なコンパクトハウスドルフ空間である.
任意の集合に対して密着位相と離散位相を入れることができます。空集合の場合、密着位相と離散位相が一致するため、唯一の位相を入れることができます。
また、位相空間が非連結であることの定義は
\begin{equation*}
\exists A, B\in\mathcal{O}\:[\underline{A\neq\varnothing\:\land\:B\neq\varnothing}\:\land\:A\cup B=X\:\land\:A\cap B=\varnothing]
\end{equation*}
任意のに対して,空集合は次元可微分多様体である.
座標近傍系としてがとれて、は任意ので微分可能です(とで紛らわしくしたのは故意)。
…他にも同値関係とか順序関係とかたくさんあるんですけど、飽きました。要するに何を申し上げたいのかといいますと、何か新しい定義・定理があったとき、自明な例・反例を与えうる空集合について考察することは楽しいよねということです。すぐに判定できるのでよかったらお試しください。
f:X→Yが定数関数であることの定義を
— コロちゃんぬ (@corollary2525) 2017年8月24日
「あるc∈Yがあって、任意のxに対してf(x)=c」
ではなくて
「任意のa, b∈Xに対してf(a)=f(b)」
とすることで、空写像も定数関数になれるね
*1:日程の詳細は数学カフェさんのTwitterをご覧ください。https://twitter.com/mathcafe_japan?lang=jatwitter.com